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皇大神宮所管社 |
神麻続機殿神社 |
(かんおみはたどのじんじゃ) |
域内■末社 |
神麻続機殿神社末社八所 |
(かんおみはたどのじんじゃ
まっしゃはっしょ) |
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皇大神宮所管社 |
神服織機殿神社 |
(かんはとりはたどのじんじゃ) |
域内■末社 |
神服織機殿神社末社八所 |
(かんはとりはたどのじんじゃ
まっしゃはっしょ) |
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神宮土器調製所〈じんぐうどきちょうせいしょ〉 |
神宮の祭典に用いられる素焼きの土器は、この土地(明和町蓑村)の土で地元の人々の奉仕により清浄に作られている。
一般には立ち入れないが、道路から垣間見ることができる。東北隅に菅田(すげた)があり、5月の風日祈祭(かざひのみさい)に奉られる御蓑(みみの)と御笠(みかさ)も調製されている。 |
斎王宮跡〈さいおうくうあと〉 |
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斎王とは、皇大神宮の御杖代(みつえしろ)として伊勢に参向され大御前にお仕えされた皇女。
この斎宮で厳重な潔斎生活を続けられ、親しく大御前に参入されて太玉串(ふとたまぐし)をささげられた。
鎌倉時代後期、国内の兵乱のために斎王制度も中絶されてしまった。斎王の森、松林のなかに北白川元神宮祭主御筆の「斎王宮阯」の石碑が建ち、その昔が懐しく偲ばれる。
斎宮歴史博物館では、斎王宮跡からの出土品を展示し、斎王の生活や祭祀などを紹介している。(写真は斎宮歴史博物館) |
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